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お粗末ですが

1:諏方薫の中の人 :

2018/04/19 (Thu) 14:38:31

はじめまして。諏方薫の中の何かです。
キャラ造りがてらちょっとしたSSを書いてみたのですが、せっかくですので貼り付けてみます。ご笑覧頂ければ幸いです。

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 母を名乗る女が訪ねてきた、と知らされたのは、その日の仕事を終えかけた頃だった。視線を上げれば格子窓越しの日は暮れかけている。溜息をつくと、私は戸口に立っている女将さんに顔を向けた。
「…母は死んだと言った筈ですけど」
「じゃあ生き返ってきたんだろ」
 いつも通りに歯切れのよい、そしてにべもない返答。どう言い返そうか一瞬躊躇している間に、彼女は言葉を継いだ。どこか思案顔なのが珍しい。
「叩き返してやってもいいんだけどさ…だけど余計なお世話は承知で言わせてもらうとすりゃ、こういうのはさっさと始末した方がいいと思うね。小傷も膿むまでほっといたら大事だ」
「…え、と」
「最初に言ったろ、あたしゃあんたがどこの誰だろうと知ったこっちゃないんだ。あたしにとっちゃ、あんたが何をしてくれたかってそれだけが問題なんでね」
 確かにそうだった。
 この店の軒先ではじめて会ったとき、確かに彼女はそう言った。正確には「何をしてくれるかが問題だ」と言ったのだが。ここで過ごした日々の事を思い出しかけたのも一瞬のこと、私は頷いて立ち上がった。
「分かりました。そういうことでしたら会います」
「そうしな。帳面は後回しでいいよ」
「それはもうできてます。あとは役所への届けを何枚か仕上げれば終わりです」
「相変わらず仕事の早いこと。さすがお役人の卵は違うねえ」
 皮肉げに笑う彼女を一瞥すると、私は階下に降りる。
 あれで褒めてくれているのだ。一年もこうしていれば分かる。

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 この店に居着くようになったのは、一年と少し前の雪の日のことだ。
 下働き募集、との張り紙を頼りに軒先に立った私を、どう見ても値踏みするような目つきでじろじろ眺め渡した年増女、それが女将さんだった。年の頃は私の母親だった女と同じくらいか多少若いくらいだろうか。綺麗な人ではあったが、それ以上に百戦錬磨としか表現しようのない勁さと剣呑さを感じさせる女性に思えた。
「あんた、ここがどういう店か分かってんだろうね」
 働かせて欲しいと頼み込む私に、まず彼女はそう言った。
「分かっています」
「…ふん、見たとこ家出娘ってとこかい」
 そんなものは見慣れているとでも言わんばかりに肩を竦め、そして彼女はこう言ったのだ。あたしゃあんたがどこの誰だろうと知ったこっちゃないんだ、あたしにとっちゃあんたが何をしてくれるかってそれだけが問題なのさ、と。
「見たとこ馬鹿じゃ無さそうだ。見てくれも悪くない。とりあえずどう使うかはあんたの働きぶりを見ながら考えるかね…ほら、中に入んな。変なのに見られちゃまずい」
 ほっとしたのが半分、そして不安が半分だったのを覚えている。
 ここがどういう店かは知っていた。女が体を売る店だと。
 それでもいい、それでもあの女よりはマシだ、その時の私はそう考えていた。

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 下級官吏というのも烏滸がましいほどの賎吏だった父が亡くなった日、いつものように母は家にいなかった。
 もう何年も前からそうだった。実直で真面目だけが取り柄だった父は役所に泊まり込む事が多く、そして母も家にいないことがほとんどだった。狭い家も私一人では広すぎる位だったが、それを孤独だとはあまり思わなかった。
 そんなことよりも、父が帰ってきて母の不在を言い繕うのが嫌だった。母は内職をしていることになっていて、その親方のところに行っているのだ、と説明していたが、その実他所の男のところに出かけているのを私は知っていた。
 父は妻の不貞に気づいていたのだろうか、今となっては分からない。
 職場で倒れてそのまま帰らぬ人となった父が同僚に付き添われて戻ってきて、私は母を呼びに愛人宅に走った。
 父を亡くした悲しさよりも、今自分がやっていることの惨めさが先に立つというのも酷い話だ、とどこかで考えながら。

 父の葬儀が終わった日、私は黙って家を出た。
 母が私をどうするつもりだったのかは分からない。母の愛人だった男とは会ったことがあるが、あの視線が何を意味するかなど小娘に過ぎない私にも想像はついたしそれ以上考えるのは悍ましすぎて嫌だった。
 どこかで野垂れ死ぬにしても夜鷹に身を落とすにしても、あの女の近くにいることであり得るだろう未来予想図よりはずっとマシに思えた。ただそれだけだった。

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 娼家の下働きが何を意味するのか、私は分かっているつもりでいた。いずれは体を売って日銭を稼ぐことになるのだろう、と。
 しかし私にはやはり分かっていなかったらしい。後になって考えてみれば簡単なことなのだが、人が集まって何かをするとなると、表の仕事とは別に裏方というのは必要になるのだ。
 きっかけは、遊女達の仕事着の受け取りの遣いに出された時だった。出先で注文と仕上がりの食い違いに気づいた私は、見過ごすこともできずにその場で食い下がったのだ。結局は衣装屋が受け取り金との差額を懐に入れていたのだが、夜遅くになって店に戻り事情を説明した私に女将さんは呆れたような表情を向けた。
「それであの業突張りにピンハネ認めさせたのかい」
「はい。衣装は作り直して三日後に納品すると。こちら証文です」
 納品の期日と返金額を書かせた一筆を添えると、彼女はとうとう笑いだした。
「参ったねこりゃ。この額がどれほどのもんか分かってるのかい?」
「どれほど、とは?」
「あんたがどれだけ身を売って稼げる金かってこった。半月じゃきかないだろうさ」
 どう返事をしたものか迷っている私を改めて眺めると、彼女は頷いた。
「よし、あんたの使い所、決めたよ。店に出すより、こっちのほうが役に立つ」
 そして私は、店の事務仕事を担うようになったのだ。
 それまでは女将さんが一手に引き受けていたこまごまとした雑事を、私は教えられるままにこなしていった。細かい仕事が多かったが、私にとっては難しいことでも辛いことでもなく、むしろ没頭できる何かができたことは楽しくすらあった。
「こりゃいい拾い物をしたよ。あんたくらいに仕事ができる番頭雇うとなるとどれだけ要り用か知れたもんじゃない」
 女将さんもほくほく顔だったのだから、きっとお互いの利益になっていたのだろう。

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 高等文官任用試験を受けてみようと思ったのは、夏の声を聞いた頃だった。
 父が一応は官吏だったこともあって、試験そのものの事は知っていた。合格さえすれば、父とは比較にならないほど偉い役人になれるらしい、と。ただそれを自分が受けようなどとは全く別問題で、考えたこともなかった。
 確か、出入りの商人が話ついでに言ったのだ。それだけ頭が切れるなら、勉強すりゃあの試験にもうかったかもしれないのに勿体無い、云々と。
 ただその試験とやら、十年も二十年も勉強し続けても合格できないなんてザラな話だ、と話は続いたのだが。
 
 女将さんはいつの頃からか小遣いをくれるようになった。大した金額ではないが、たまに出かけてちょっとした服でも装身具でも買えるくらいの額ではあった。
 彼女が言うには、他所の談合に出ることもあるんだからそれなりに見られる格好をしてもらわないと困る、とのことだったが、そんな言い方をしつつも彼女なりに私を気にかけてくれているのは分かっていた。
 その小遣いからかなりの部分を割いて、試験の手引きを買った。手引きと言ってもまるで辞書のような分厚いものが何冊もあり、新品でなどとても揃えられない。仕方がないので古本屋を巡っては一冊ずつ手に入れた。いずれも前に使っていた人の書き込みが目立つ古ぼけたものだった。
 最初は、どんなものだろうという興味が先に立っただけだった。これは結構どうにかなるのではないか、と思うようになったのはしばらく読み進んだ後の事だった。
 仕事を終えた後、私は勉強に没頭するようになった。一人で勉強する私にとっては、前の持ち主の書き込みはかえって役に立ってありがたかった。
 物好きなことだと肩を竦めた女将さんだったが、結局は例によってこう言っただけだった。あたしにとっちゃあんたが何をしてくれるかってそれだけさ、と。

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 数カ月後、私は筆記試験を受け、あっさりと合格してしまった。
 自分ではさほど大したことをしたつもりはなかったのだが、これは結構驚異的な事だったらしい。剛腹な女将さんですら驚愕したくらいだった。
「あたしゃとんでもない拾い物をしたんだねえ…家出娘拾ってみたらお役人になっちまうのかい」
 こいつは運が向いてきたねえ、と付け加えた女将さんだったが、最終試験が試験官との面接で都まで出向くのだと知ると、彼女は路銀だの面接の時に着る小奇麗な服だの色々と用意してくれた。
 旅費は官費でまかなわれるので、と説明しても、彼女は取り合わなかった。
「いいかい、これは先行投資なのさ。あんたが偉い役人になりゃ、あたしの商売だってやりやすくなるってもんだろ」
 したたかな彼女のことだ、それは本心ではあったのだろう。
 だが多分、それだけではない事くらい、私にも分かっていた。

 都での面接は、予想していたようなものではなかった。
 後になって知ったのだが、筆記試験の上位者については面接は形式的なもので、既に合格は決まっているようなものだった。どうやら私もその一人だったらしい。
 面接は、宮中にほど近い広壮な御殿で行われた。試験官と一対一で問われるままに話すだけという内容にも驚いたが、試験官の方も出てきたのが私のような小娘だったことに驚いたらしい。
 なんでも昔は大臣まで務めたのだという試験官は髪も髭も真っ白な老人で、私にお茶と軽食を勧めながら色々な事を聞いてきた。生まれのこと、両親のこと、今までの生活のこと、試験勉強のこと。
 今にして思えばよく分かっていなかった私は、嘘をつく必要性も感じなかったので一つ一つに正直に答えた。その度に、試験官が目を丸くするのが妙におかしかった。
「…して、そなたは何故、この試験を受けて文官になろうと思ったのだね」
 彼の問いに、私は思案しながら答える。
「先ほどお話ししましたが、私の父は真面目なだけが取り柄の賎吏でした。それがお国の為…いや、家族の為と信じていたのでしょう、身を粉にして働いて働いて、とうとう亡くなってしまいました」
「残念なことであった」
「世間の人はよくこう言います。真面目に努力すれば報われる、誰も見ていなくても天は見ていて下さる。日々地道に積み重ねればいつか幸せになれる。父は、地道で真面目であることにかけては他に引けを取ることはない人だったと思います」
「そなたの話によると、確かにそのようだな」
「しかしそんな父を待っていたのは幸せなどではなかった。家は貧しく、あまつさえ妻は不貞を働き、ついにはあのような死に方をしてしまいました。父は全く報われることなどなく、惨めに寂しく世を去った。そんな父を母は裏切り通して顧みることもなかった」
「…続けなさい」
 私は気づいていなかったが、後になって聞いた話、私は涙を流しながらまくし立てていたらしい。
「結局、父は敗北者だった。人を裏切り要領よく振る舞った母は今頃どこぞの愛人にでも収まって安楽に生きているのだとも聞きます。そして無力な私は、それらを傍観するだけで何もできなかった。だから私は考えたのです」
「…地道な努力などよりも、人に必要なのは力である、と?」
「いいえ、いいえ、違います」
 何度もかぶりを振る。
「私は報復しなければならないと。父があのような死に方をしたのは、ただ間が悪かっただけなのだと。真面目な努力は報われる、地道に日々を重ねればいつか幸せになれる、要領よく人を裏切り安楽に生きていくよりも結局はそれが正しいのだと、私は示さなければならないと。父は間違っていなかったと。ただ間が悪かっただけなのだと。その為に、私は試験を受けました」
 言葉が途切れ、静寂が訪れる。
 しばしの後、老試験官は言った。
「ならばそうするがよかろう。私は帝国が人材を得たことを慶賀しよう。そしてそなたの望みが見事果たされた事を慶ぼう。おめでとう、諏方薫。そなたの先行きに幸いのあらんことを」

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 全く、くだらない女だった。
 あと10も若ければ、店に置いてやってもいいだけの顔立ちと体はしていた。だが今の有様では到底商品にはならない。年齢よりは確かに若くは見えたが、しかし内面からにじみ出る険というか、雰囲気のようなものは隠せない。
 実の娘に拒絶され、更に何か食い下がろうとしていたその女を、私は押し留めた。
「うちの使用人に手ぇ出すつもりかい?あんた、ここがどこだか分かってんの?表通りのお上品なとことはわけが違うんだけどねぇ」
 傍らに立ち尽くしている薫に目をやれば、相変わらずの無表情を保っているようには見えるが握りしめた拳の震えまでは隠せない。早く店に入んな、と促した後で、改めてその母を名乗る女に向き直る。
「あの子はね、これから都へ行ってお偉い役人になるのさ。おかげであたしも良い目見させてもらえそうでねえ、全く運が向いてきたとはこのことだよ」
 私の娘だ、と言い募る女。男には捨てられたんだろうか、そういえばずいぶん窶れているようでなあるが。
「…あんたの娘だって?笑わせる、あんたは見限られたんだよ。薄汚い子猫だと思って粗末にしてたあんたが悪いんだ。今になって実は虎だったと分かったもんだから、皮が惜しくなったのかい?」
 私の娘を利用して一儲けするんだろう、と声を荒げる女の顔は、あの少女の母親とは思えないくらいに醜かった。
「ああそうさ、あんたもそうすりゃよかったじゃないか」
 これ以上騒ぐようなら人呼ぶよ、と言い捨てて、私は店に戻った。二階にあがると、薫は何事もなかったかのように書類仕事の続きをしている所だった。
「帰ったよ。もう二度と来ないだろうさ」
「そうですか。こっちももうすぐ終わります」
 顔もあげずにそう応じる少女の姿は、例によってふてぶてしいほど落ち着いて見えた。頭の中で何考えてるかは分からないが、そんなことはどうでもいい。
 私にとって大事なのはもたらされる結果だけだ。
「…全く、あんたがいなくなったらあたしの仕事が増えるじゃないか」
 そう。明後日には、この少女は都へと旅立つのだ。その結果、事務仕事のお鉢が私に回ってくる。迷惑な話だ。
「増えるのではなく、一年前に戻るだけです。余計なものはずいぶん整理しましたから、むしろ楽にはなってるはずですよ」
「なんだい、あんた手を抜く算段しながら仕事してたのかい」
「ええ、明日楽をするために今日頑張るほうがいいじゃないですか」
 そして、あんたはいつまでもここにいるわけじゃなかったんだしね。口には出さないけど、全くこの子は。
「…やり方は覚書にして引き出しにいれてあります」
「そりゃ有り難いね」
 ふん、と鼻で笑うと、私は彼女の手元に銀貨の詰まった袋を置いた。
「なんですか、これ」
「あたしゃ段取りの覚書書く仕事まで頼んだ覚えはないからね、その手間賃さ。あとの余りは先行投資だ、出世したら色つけて返しておくれよ」
「…女将さん」
「馬鹿だね、湿っぽいのは無しだよ。さっさと仕事片付けな、明日は旅の支度で忙しいだろうし」
「はい」
「終わったら何か店屋物でも取ってやろうかね、餞におごってやんよ」
 日も落ちた。こっちの仕事はこれからだ。階下に降りようとした私の背中越しに、薫がこう言ったのが聞こえた。
 ありがとう、と。
「馬鹿だねえ、こっちは投資してるだけさね」
 溜息が一向に様にならないことくらい、自分だってまあ、分かっているのだ。

2:伊勢進駆郎の中の人 :

2018/04/23 (Mon) 06:53:47

初めまして。
伊勢進駆郎の中の人です。
これからしばしの間、宜しくお付き合い下さいませ。

さて、SS拝読しました。
諏方様と女将さんが上手にお母様を遣り込めていらっしゃって、気分が爽快になりました。とても面白かったです。

武官と文官という違いはあれど、諏方様はこちらと同じ北府出身ですので、共に北府を盛り立てて行けましたら幸いです。どうか宜しくお願いします。

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